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82. 平塚少女 #1/2(小銭に泣く) [旅・ヒト・ネコ他/『みんな途中』]

先月のとある木・金の二日間、チェーンソーの伐木業務(大径木等)の講習会に行った。
本音を言ってしまえば...先月、坐骨神経痛で3週間も働けなかった身としては、料金自前の講習会は出来ればもう少し先に受講したかったのだが。それは板橋のアパートと小田原の寮との二重生活はもとより医療費や必要経費にアップアップの身だからだ。
林業作業員は日給月給制。先月の収入は7万円に満たない訳でナントモハヤ。無いものとして蓄えておいた最後の10万円を切り崩しながら生活している始末。
加入していた保険で医療費くらいはカバー出来ればいいのだが、問い合わせたところなんと神経痛は病気にあたるそうで、病気の場合は入院か退院後の通院以外支給されない、つまり只の通院では支払われないそうで。そんなチェックをしっかりしないで加入していた自分...ナントモハヤ。
まあ、ここは仕方ない。元請けの会社からこの機会に受講する様にとの御達しがきてしまったので、ここは素直に行かざるを得なかった。

場所はK県平塚市にある県の農業技術センター。林業・木材製造業労働災害防止協会のK県支部主催で催された。
朝9:00〜夕方5:00迄、2日間に渡って日本チェーンソー協会から3人の専門講師を招いての授業や実務訓練。先ず初日は一日中室内でのスライドや本を使っての授業であった。二日目は野外での実習を含め機械の構造やメンテナンスの授業だった。
結論としては「受けて良かった。」である。
実際、チェーンソーは電気の小型の物しか使ったことがなかったし。講習を受けると、やはり初めて知ることの方が多く、自分がいかに素人の域であったかを知った。
たった二日間でもいつもと違う意味での濃密な時間、いつもと違う脳みそを使った気がした。硬い椅子にこんなに長い時間拘束されるのは学生以来だったから、正直それはとても疲れたけれど。総じては、なかなか心地良い疲れだった。
全く見ず知らずの受講生達が計60数名8班に分かれての体験講習等。終えて、二日目の最後は全員が証明写真入りの修了証を貰って、ちょっと晴れ晴れとした顔をしたまま「では又何処かで〜」とか「お元気で!」とか「それじゃ。」なんて言って、各々の日常へ帰って行った。そこには “祭りの後” 的な、一抹の寂しさみたいなものもあって...
会場を出たらあんまりにも寒かったので感傷に浸るどころではなかったけれど。

駅迄の長いバスの車内では年配の方や会社の同僚同士で受講したらしき人たちも大勢居て、大いにおしゃべりに花が咲いていた。でも僕は初対面の大勢とわいのわいのといった雰囲気が元々大の苦手なもんだから、バスが走り出した途端にコノ二日間の疲れをドッと感じたりして。
それに、こんなに長時間硬い椅子に座ることは普段まず無いもんで、じょうぶ腰が痛くなってしまって。背中や首もかなりコリを感じていて、もう誰ともおあいそで話す気にはなれなかった。「おしゃべりはもう充分!」って感じになってた。
イヤホーンでGrace Potter & the Nocturnalsを聴きながら目を閉じた。又此処から先、僕は僕の旅の続きに戻るんだなあ〜なんて思ったりしながら。
しばし閉じていた目を明けて窓の外を見ると、バスは平塚の街中を走っていて辺りは夜のとばり。
家々の屋根の向こう遠くの山並みに添って、かろうじて夕日の明るさが残っているのが見えた。

      *

話は後先になる。
その会場は東海道線の平塚駅と小田急線の秦野駅や伊勢原駅との丁度中間に位置し、どの駅からもバスで30分という距離にあった。
暖かい陽気ならば駅から数キロの道程くらいは喜んで歩いてしまう自分だったが、なにせここのところ冷え込んでいる。暮らしている寮から最寄りの小田急線螢田駅ではなく、電車賃節約も兼ね尚且つ乗り換えずに済む東海道線の鴨宮駅まで、早朝にまずは自転車で20分ほど飛ばさなくてはならず、当然到着駅からの行き帰りはバスに乗ることにした。

ここからは講習初日の帰りの話だ。
僕は「もしかするとこの土地を訪れることは二度と無いかな?」なんて思いながら、バス通りをトボトボと歩いていた。
そう...何も好き好んで、不法投棄の山とゴミだらけの川沿いの風情の欠片も無い排気ガスで煤けた街道を歩いた訳じゃなく。好き好んで、少しでも早く暖かい部屋に帰りたい気持ちを押さえても尚夕闇迫る人っ子一人すれ違わぬ街道を歩いた訳じゃなく。
実は...お金が無かったのです。バス賃が。(え?帰りのバス賃も持たずに出かけたの?/コレあなたの声です。
いいえ。財布の中にはとりあえず福沢諭吉が一枚入っていました。あと小銭が142円ばかし。
でも、でも〜!! 片道のバス賃は360円だったのです。

そうなんです。バスでは万札を両替してくれないのですね。
自分の財布の中の緊急事態に気がついたのは、講習も終わり会場を出た時点でした。
急いで会場に戻り、施設である農業技術センターの窓口で尋ねました。
「あのう...先程そこの会場で講習を受けた者ですが、JRの平塚駅迄バスで帰るんですけど...ちょっと教えて欲しいのですが、バスって一万円札くずしてくれたりしませんよね?」受付相手は55歳位の女性だった。
「はあ〜?あ...そうですねえ...無理だと思いますが。」
「実は1万円札しか持ち合わせていないのですが、そこのロビーの自動販売機でも千円札しか使えませんし、ここでくずして戴けたりしませんかねえ?」僕はとっても丁寧に、低姿勢で、困った風に、でも笑顔を忘れずに、頼んでみた。
「ああ、そうゆうことはしてません。」即答されてしまった。
でも、ここで引き下がる訳にはいかなかったのだ。何故なら、行きに車窓から外を眺めながら、コンビニはおろか商店の類が何も無い景色に「いったいこの奥に本当に会場があるんだろうか?」なんて不安になった程だったから。
「近くにお店も無いですよねえ?」
「はい。この辺りにはありませんねえ。」
「困ったなあ...どうにかなりませんかねえ?」
「そう言われましても。」
「ワタシ平塚駅まで行きたいんですね。でも朝方ここまでバスに乗って来まして、とても歩ける距離ではないなあと...近くにお店も無いとなりますと、まあ、タクシーを呼ぶかなんかするしかないんでしょうけど、そうはしたくないんです。この講習で知り合いも居る訳ではありませんし、ここで両替して戴けませんかねえ...」
小銭が無くてバスに乗れないのは自分の落ち度に他ならず、正直言って己のマヌケさに呆れるしかなかった。
併し、ここはこの公共的な会場の職員に頼ってみるしか先ずは方策が浮かばず、今直ぐに出来ることはそれだけだったから、僕は必死だったと思う。
併し、「申し訳ないですがー。」受付の女性は語尾が小声で消えてゆく様な声でそう言いながら、受付の窓口をピシャリと閉めてしまった。そして部屋の奥の方に突然何かを思い出した様に行ってしまわれた。
万事休スデアル。
ガラス窓の向こうには7-8人の職員がパソコンに向かったり、ソファーに座って冊子か何かを読んでいるのが見えた。

たしかに帰りのバス賃を読んで小銭を確保しておかなかったのは、我が輩のミスである。
否、たしかに小銭はあったのだ。朝の時点で、「これだけあれば大丈夫だろう」と財布の中を覗いて考えたのを覚えている。
ところが僕は “なっちゃんの赤ぶどうジュース” を持参してきていたものの、会場の想定外の寒さに午前中の休憩時とお昼と午後の休憩時の計3回、ロビーの自動販売機で “温かい飲み物” を買ってしまっていた。大切なことをすっかり忘れて!
110円×3本=330円。今更嘆いても始まらないが、それさえあれば残る小銭と合わせて楽勝でバスに乗れたのだった。

      *

さて、いつまでも見えない何かを恨んでいたって仕方ない。
「景色だけ田舎でよ、オマエらにはもう少し温っかい心って奴はねえのかよおっ〜!」
「明日も来るんだぜ?明日もよ〜!ケース・バイ・ケースってのがねえのかよ、全くよ〜。」
等と一瞬思ったりしたかしないかは読者のご想像にお任せするとして。兎に角、残る方策は唯一つなのだと頭を切り替えて、僕はすたこらと会場を飛び出しバス停に向かって坂道を下り出した。
10分程下ってバス通り、ホント何も無い街道に出た。バス停を見やると其所にはもう誰も居なかった。万事休スデアル。
もう立ち止まっちゃいられないとばかりに僕は駅方向に向かって歩き出した。
夕闇迫る煤けた街道で、坐骨神経痛の残る踏ん張りが効かない右足で軽くびっこを引きながら、「そのうちコンビニでも見えてくるさっ!」と自分で自分を励ましながら、苦い顔して歩いていたバックパック姿のチョンマゲ男は僕だ。

誰にも逢わなかった。
ハザードランプを点け始めた通勤帰りの車が、しきりに行き過ぎるだけ。皆、結構飛ばしている。早く帰りたいんだろうし、当然だ。
こんな時、見通しの良い一本道で、やっと現れた車が少しでもスピードを緩めてくれたなら、僕は昔を思い出して親指を立てていただろう。
切り通しの間から見える狭い空に、鳥たちが三角形に群れを成して飛んでゆくのが見えた。

一台の自転車が反対側の歩道を行き過ぎた。
パート帰りのおばちゃんだろう。スカーフとマフラーで完全防寒。目だけ出して脇目も振らず、でも運転はゆらゆらと危なっかしくて、とても話しかける雰囲気じゃなかった。

かなり歩いた。歩くことだけを目的に良い姿勢を意識しながらテクテクと歩いた。
そして、やっと無心になってきた。
ふと、同じ歩道の前方に黒い人影が...

黙々と歩く男性。同じ歩道側を、ズンズンとこちらに向かって近づいて来るのが見えた。


(次回『平塚少女 #2/2  につづくー)









       (只今の脳内ミュージック/THE HIGH-LOWS "荒野はるかに")






道スナップショット 2011-01-30 10-28-03.jpg







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